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アルファロメオの登場する短編 Season5-3

さて第三話、いよいよ哲夫が自ら人生を棄ててしまった理由が明らかに・・・

星の降る夜だから /3


「もしもし?哲夫、まだ寝てたかな?これからそっちに行くね」

「あぁ、まだ起きたばかりだ。シャワー浴びてるから、勝手に入ってきていいよ」

実は美雪からの電話で起こされた哲夫はまだベッドの中だった。
彼女、という程のことではないのかもしれないが、仕事で知り合った広告代理店の仕事をしている美雪は少なくとも気難しい哲夫にとって煩わしい存在ではなかった。
高校も大学も友人がなかったわけではないが、深い付き合いというのは苦手だった。

「そうだ今日は出かける約束していたんだった。忙しいな、あと一時間もしない内にユキはこっちに着いちまう」

哲夫のあの事件から一年ほど前、美雪と個人的に付き合い始めてしばらく経ったころ哲夫は美雪と冬の海を見に行く約束をしていた。
土曜に出掛けて日曜に帰ってくるのでは帰りの渋滞は考えるだけで気が重かった。哲夫は美雪に日帰りを勧め、その代わり朝早い時間に出発しちゃおうと自分のほうから提案した。
すぐにシャワーを浴び、海岸に出て散歩できるくらいの防寒性のある服を選び、着替えた。
とはいえオシャレなど縁がない哲夫だったので、選択肢は限られてはいたが。
しばらくして美雪が到着し、二人は145に乗り込んだ。

常磐自動車道を使い一路北進。水戸I.Cから日立北I.Cまではゆっくり走っても40分少々でいける。そこから陸前浜街道を使って勿来辺りの海岸まで行くつもりだが、この区間も混んでいなければ1時間もあれば大丈夫なはずだった。
車中でも哲夫の方から話題を持ち出すことはなく、美雪はと云えば助手席で哲夫のために缶コーヒーを開けたり、道路標示の示す距離数などを読んでは「あと少しだね」などとはしゃいでいた。
美雪は決して退屈などしていない風で、今どきの男性のようにニコニコと会話な上手な輩よりも寡黙だけど芯の強い哲夫に惹かれていた。

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「陸前浜街道って好きな道路なんだ」
突然哲夫が口を開いた。
「今はどうってこと無い道路だけれど、ところどころに残る黒板塀やかつての町名を示す石碑などを見るとこの街道がどれだけ重要な道だったかが忍ばれる。俺は建築の仕事に就くのに建物を建てることだけを勉強してきたけど、本当は建築は街を創ることなんだって、この頃思い始めてる。街を創れるのならそれはとても凄いことだと思うし、不勉強の自分を奮い立たせるには願ってもないことだ」

「へ~哲夫ってそんなこと考えていたんだ。私は広告代理店の営業だから色々なお客さんに会うけど、そんなこと言う人いないからちょっとびっくりしちゃった」

会話はそこで途切れ一端の目的地、小浜海水浴場へ着いた。
夏の海水浴シーズンであればたくさんの観光客で溢れる浜辺だったが、この時期訪れる者はほとんど居ない。地元の住民が犬を散歩させているのにすれ違うくらいのものだった。

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「どう?疲れた?」
珍しく哲夫は美雪を気遣う言葉を掛けた。

「ううん。哲夫こそずっと運転してくれて有難う。座ってばかりだったからちょっと歩きたい」
美雪は哲夫のそんな言葉掛けを初めて聞いた。

いつもとは違った環境が哲夫を雄弁にさせたのかもしれないが、それでも彼は言い出せなかった言葉があった。

「あのね、聞いて欲しいことがあるんだ。俺、会社変わろうと思ってる」
不意に哲夫は口を開いた。

「え?それ、本気なの?」
美雪は直ぐに理解できずうろたえたが、彼の目を見ればその答えは不要だった。
哲夫は堰を切ったように、しかしゆっくりと話し始めた。
今の会社に就職して来年で5年になる。今までアパートやマンションの設計を受け持って来たが、やはりそれは彼の向上心を煽るものではないことに気がついていた。
それにたかだか5年では1棟まるごとの設計などは受け持たせては貰えず、1Kの間取りをひとつ作って後は延々とコピーして貼り付けるというような、そんな機械的な作業に辟易していた。

それでも社内では哲夫の評価は高かった。
勤勉で研究熱心で、服飾とは違い建築の流行には敏感な彼は、任されていない内装の仕上げや植栽の選択などについても現場事務所へ度々訪れては施主との交渉をしたりしていた。

「なんかさぁ、違うんだよね。俺のやりたいことがわからなくなってきた」
哲夫は小石を拾い打ち寄せる波へ向かって投げた。

「いいんじゃない?仕事のこと悩んでない人なんて居ないよ。こんな私だって悩むことがあるんだもの。哲夫のようなタイプは苦労しちゃうんだろうね」

「さ、もうやめよう。ごめんな、折角二人で出かけてきたのに仕事の話なんかして。少し寒くなってきたし腹も減ってきた。この辺りに金目鯛の煮付けで有名な料理屋があるっていうことらしい。昼飯にしようぜ」

店はすぐに見つかり、浜風で打ち寄せる冬の海を暖かい座敷の大きなガラス窓越しに見ながら二人は贅沢な食事と時間を過ごした。
折角ここまで来たのだからと、勿来の関なども散策し午後はあっという間に過ぎてしまった。
土曜日の夕暮れ、帰路は多少混むに違いない。遠乗りしたせいか、フューエルゲージの減り方は遅く、家につくまで無給油で行けそうだと哲夫は少し安心した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「出る杭は打たれる、そういうこと?」
美雪は電話の向こうでやや興奮していた。

「まあな、あのあと先輩に転職の相談したのがまずかったようだ。積極的な奴だという評価は生意気だということと紙一重。結果的にはそっちの方に転んだんだな。いつの間にか俺が会社批判までしているなどという噂まで出てるよ。」
あれから2週間、哲夫の周りは陰険な空気で満ちていた。
「ま、仕方ない。迷っている時間が無くなっただけだ。明日にでも退職届を部長に出そうと思ってる」

かといって次の職場が決まったわけでもない。建設業はどこも業績が伸び悩んでいるしおいそれと就職先が見つかる保証はどこにもなかった。
自己都合退社だったため雇用保険の給付には間がある。多少の蓄えで食いつなぐ事はできたが、実家へすがるのは最終手段だと決めていた。

それでも時々美雪は夕飯に誘い、そして哲夫は145を手放すことは無かった。
美雪はなぜ車を手放さないか一度だけ訊ねたことがあったが、哲夫ははっきりとした返事はしてくれなかった。
哲夫は学生時代、夏休みを利用してイタリアの建築様式を勉強に行ったことがあった。
人生初めての海外だったが物見遊山のようなお遊びはできず、ホテルも現地で身振り手振りで素泊まりのやすい宿屋をさがしたほどだった。
そこで出会ったのは言葉を飲み込むような建築物ばかりだったが、それは観光パンフレットに載るような有名なホテルや宗教建築ではなく、下町の生活感が溢れる集合住宅だった。

そして最後の日、彼は145に出会った。いやそれまでも何度か見かけていたに違いない。相変わらず狭い下町の路地を歩いていた彼の背後から突然鋭いクラクションの音を聞き、思わず振り返った。
その真っ赤な145に乗っていたのはひょろひょろとした旦那とその3倍は体重があるのではないかと思われる奥さん。後席には二人の子供が窓の外を見て何か大きな声で歌を歌っていた。
そして両側をアパートで挟まれた石畳の路地を、その赤い車は弾けるような排気音を立てて哲夫の横をすり抜けていった。

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『これだよ、きっと俺が探したかったのは! 建築物は人を収容するものでもなく、生活空間だけを提供するのでもなく、命の源を育んでそして時間とともに円熟していく。人間の寿命よりもはるかに長い建築物は、人の営みを包んでくれているけれど傍観者じゃない。この地域の井戸、信号機、そしてあの赤い車もすべてが建築物に所有されているんだ』

哲夫は帰国後そこで見た赤い車がなんだったか調べてみた。
アルファロメオ145という車であることが判り、彼はあの時の想いを忘れないように145を探し、購入した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しばらくしてどうにか哲夫は再就職先を見つけられそうだった。
フリーランスの設計士で食っていくには、哲夫は実績が足りなさすぎた。やはり組織に身を置いてしばらく辛抱するしか無いと決めた。

試験は実地試験と法制度の筆記試験だった。
実地試験は与えられた敷地に様々な条件を課し、一定の利益率を担保できる物件を設計図に落とし込めというもので、まる二日缶詰で行われた。
筆記試験は3.11の震災後に改められたことを理解できていれば簡単だった。
そして2週間後、哲夫は最終面接に呼ばれその会社の人事部長、設計部長、営業部長の前に居た。

「うん。君が優秀なことはよくわかった。ご存知のように建築業界は全体が低迷している。だからこそ優秀な人材を獲得できる良いチャンスだと、私達は考えている。技術的な面は当然だが君のような考え方の社員は閉塞した時代を突き抜けていける可能性を感じさせるな。採用か否かは追って書面で送るので、もう少し待っていてください」
人事部長はそう言うと立ち上がり、右手を哲夫に差し出した。
突然の成り行きに少々臆した哲夫だったが、素早く右手を差し出してしっかりと握手をした。

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「美雪、多分受かりそうだよ。これで一安心だ。都内の会社だからちょっと通勤が厄介だけどね」
電車を待つ間に哲夫はメールでそう伝えた。面接での最後に握手を求められたのは驚いたが、それは哲夫にとって最大の励みになった。

そして2日後、彼のもとに郵便が届いた。封筒の社名でそれが面接結果の通知だということはすぐに判った。
部屋に戻り、ハサミで封を切った。
封筒を掴んだ時その薄さに違和感を感じた哲夫だったが、中にはA4の通知文1枚だけ入っていた。

・・・誠に残念ながら今回は採用を見送ることと致します。更なる飛躍を陰ながら応援しています。

哲夫は直ぐには状況が飲み込めなかった。
最終の面接まで残り、握手をしたのはなんだったんだ。。。。。
目の前の風景が暗く沈んで、彼は肩を大きく震わせてその場にしゃがみこんだ。


*******************************************


あ~長文にも程がある。
2回に分けて書くべき内容でしょうね。。。
さぁ哲夫はこの衝撃からどのような行動に出るのでしょうか。
そして美雪は彼を支えることが出来るのでしょうか。

う~ん。車の話が少ないけど許してね。 また明日(^.^)/~~~



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以前アップしたアルファを題材にした読み物も、ご興味あればぜひご覧くださいませ。
第一作:1話2話3話4話5話6話ネタばらし(^O^)
第二作:1話2話3話4話
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一話読み切り:ショート・ショート

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